2021-08-28 工事の手伝いをする
ものがつくられてゆく過程を見るのが好きだが、自分が積極的に手を動かしてそこに参加するイメージがうまくわかない。引っ越しや舞台の設置や、体をつかって作業をした経験はもちろん私にもあるのだけれど、終わってしまうといつも、手を動かして何かをやった時間ごと薄ぼんやりとしてしまう。工程を覚えていないわけでもないし、ふたたびそういう機会があれば手を動かしているうちに取り戻すのだろう。でもなにか身に刻まれないように感じるのは、私はいつも作業を与えられる側であって、いちから計画して工程を設計する立場をとらないからだ。
天井に断熱材を入れる作業は大変だったけれど楽しかった。
日本の建築や新築と違って古いフランスの建物はどこもかしこも歪んでいるから、まずは梁のレベルを揃えるところから始まる。小さな木片を釘で打って水平を出し、そこに基礎となる下地を据え付ける。梁と梁の隙間に断熱材を入れるのだが、梁の間隔はばらばらだし一本として並行に走っていないので、左右と真ん中を計るために脚立をあちこちに移動させる。一部の床は出来上がっていないので板を渡しその上にぐらぐらと脚立を載せる。そのたびに4m下を覗き込んで、足が竦む。
Sはこの仕事を20年もやっているのである程度勘であたりをつけてとりあえず材料を切って当てはめてみるようなことから始めるのかなと思ったら、すべての場所を細かく計測し、数値のメモを取っていた。
最初にきちんと計っておいたほうが結局は近道だし材料も無駄にしない。数字をそらで覚えておくことももちろんできるけれどメモしておけばその後の工程にも使えるからやはりこれも結局は時間短縮になる、とのことだ。始めの工程で手を抜こうとすれば仕上げは悪くなるし、たいていは余計に時間がかかることになる。
曲がったり削られたりときにはゆらゆら固定されていないようなアバウトな構造体を前にしても、こちらの作業は決してアバウトでは済ませないのだということにはっとさせられた。この作業を毎日20年しているのか。
断熱材はbioの木の繊維で出来たものだった。自分より大きい塊から電動の丸鋸(切れないので摩擦により煙が立ち、現場はしじゅう焼き芋の匂いがしていた)と大きなパン切り包丁(これも子供のおもちゃのように切れない)のようなものでぎこぎこ切り出し、それを天井にはめてゆく。恐ろしい量の繊維が舞うので体中がすぐに金色に毛羽立つ。もしこれが断熱材としてよく使われるグラスウールだったらと思うとぞっとする。木の繊維なのでぱたぱたとはたいて、窓を開けてしまえば風とともにどこかへ吹かれ去ってしまう。
作業が終わってみんなとご飯を食べて、お風呂の前に髪をとかしたら蜘蛛の巣と蝿の死骸が髪にからみついていたのでびっくりした。びっくりしたけれど、むかしのようには酷く嫌悪感を感じることはなくなった。
イニシアチブを取れないかわりに助手としての自分はわりと優秀だと思う。
じっと作業を見て一巡したら次に必要なものを手渡したり、先回りして細かな作業を進めておく。作業がない時には掃除をしたり充電に気を配ったり換気したりする。ものを手渡す時にどうしたら一番最初の動きに繋げられるかということも見ておく。
手元をじっと観察してその流れにひょいっと自分が入ってゆく。長縄跳びにすっと入るみたいに流れを阻害せずにさらに勢いをつけられるようなこと。
子どもの頃、母に手伝いを頼まれても頼まれた作業が終わったら次の指示が待てずに自分のやりたいことをしに部屋に戻っていってしまっていたことを思い出す。